リハビリ

引っ越しの準備で、天袋の奥に押し込まれてた数々の思い出に対面した。
その中にたくさんの手紙があって、ほとんどが郵便物ではなくて、高校時代、レポート用紙かなにかに書いてくれたもの。
コンパクトにかわいく折り畳んである。
学校で毎日会うのに、更に手紙を書いて渡してたって、今考えるとスゴいなぁ。
でも、あの頃は学校でおしゃべりするだけでは足りなかったんだよね。

若いってことはこういう事だったのか、10代から20代の私は、表現すること、創作すること、そしてコミュニケーションに一生懸命だった。

ここ何年かくらい、私の文章力が悲しいくらい衰えてる。
簡単なメールの返事も何度も何度も書き直す。
ブログの更新もなかなか出来ない。
やらなければいけないことではないけど、書きたいことがあって、途中まで書いてるのに完成できないのだよ。

だから、これもちゃんと文章が書けるかわからないけど、書いていかないと、書けなくなってしまうので、リハビリのつもりで頑張る。

先日、Twitterをやめた。
やめようと思った直接的な原因はあるけど、そのことから急にいろいろなことを考えてやめることにした。
Twitterって不思議なんだけど、全世界に公開されてるのに、それを見たことが、覗き見してしまったような罪悪感がある。
でも、きっと私が見ても誰が見てもかまわないと思うから公開して書いているんだろうしなぁ。
渦巻く感情はいろいろだけど、知ることができて良かったと思おう。

友達の告別式で、久しぶりのゴスペル隊員さんたちに会った。
60人くらい、ほとんどのメンバーが集まった。
突然の別れで、みんなやるせない顔をしていた。

彼女が亡くなったと聞いたとき、自分もショックだったけど、ショックを受けて悲しむ他の友達が心配になってきた。
泣いてる姿が目に見えるようだった。
そして、本当に泣いてる彼女たちをみて、久しぶりに生身の友達に触れたような気がした。
携帯やPCの画面の上の文字ではなく。

ここ数年、体調や仕事や生活の変化で、ほとんど引きこもりのような状態だった。
そんなとき、ネットとその向こうの方々にはとてもお世話になった。
ウツウツとした私の自分勝手な呟きによく付き合ってくれた。
ネットといっても、ほとんどが実際の友達で、怖くて電車に乗れないとか、音が大きいところは気持ち悪くて行けないとか言って、近場に呼び出したり、家に遊びにきてもらったりもした。
おかげさまで、今はもう引きこもり状態ではなくなった。

Twitterをやめようと思ったのは、字数制限のある中で、自分の気持ちや考えを書いていくとぶっきらぼうになってしまうような気がしたから。
そこに私の人間性が読み取れるのかどうかはわからないし、悪く解釈されることもある。
そのことで批難されるとしたら、それは自業自得だからかまわない。
でも、それで批難する立場になっちゃった人には申し訳ないと思う。
ここで申し訳ないと言っても伝わらないだろうけど。

そう、伝わらないのだな。
伝わると思っていたことが、意外と伝わらないってこともわかった。

そして、私の中でも自分自身のことが伝わりきれてないような気がしてきた。
センチメンタルになるような余裕がなくなってて、全てを煩わしいと思ってしまうような感じ。

そうじゃないのに。

30年以上暮らしたマンションから引っ越すことになって、姉と二人でご近所さんにご挨拶してまわったとき、母のことを聞かれた。
「もう帰ってこれなくなった」
って姉の言葉を聞きながら、本当に引っ越して良かったんだろうかって考えた。
この選択にはいろいろな理由があるから、間違っているとは思わないけど、ママが帰ってくる場所がなくなってしまったような、それが、悲しい。
でも、悲しいなんて、悲しんでるヒマはない。

話があっちこっち行ってすみません。

結局、中途半端ですが、今日はここまで。
がんばって仕事にいかないと。
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by jarakoroko | 2013-04-22 09:59